どちらかと言えば、ノー。 結論としてノーである事は、間違いない。 しかし、この「どちらかと言えば」は、とても重要なのだ。 答えかねる二択問題に対し、悩みながらも何とか結論を出す。 それは一種、妥協と呼ぶに相応しい。 本来、両者を選ぶべきなのだ。 でも片方しか選べないので、嫌々どちらかと言えばで答える。 ただそれだけの事だが、どうも腑に落ちないので補足させていただいた。 それを前提に話を進めよう。 「つまり、女なんだね?」 「結論としては、な」 健太は目を輝かせながら、ココアを飲み干した。 どうやら相談相手を間違えた様だ。 言い訳をするのであれば「精神的に不安定だった」、だろうか。 確かに、悪い奴ではない。 頭もキレるし、フットワークも軽い。 人脈だって広いし、頼りになる。 しかし。 口が軽く、偽善者で、何事も天秤にかける。 あっちは損、でもこっちはお得だなぁ。 自身がそう感じた瞬間に、片方はあっさりと叩き落される。 それまで、秤はゆらゆらと揺れているのだから、尚更後味が悪い。 その上、嘘つきである。 それもタチの悪い大嘘。 冗談だよ、と馬鹿面で笑っているのはいつも本人だけで 周りの人間の表情は、苦笑いそのもの。 今悔やむのは、平常では考えられない自らの行為。 人は追い詰められると、奇怪な行動をする事がある。 身をもって実感しているのが、この瞬間。 他言無用の四文字は、あまりにも高望みと思われた。 「写真撮るな」 「まんで?いーひゃん!」 「通訳呼ぶかドーナツを置け。話はそれからだ」 大袈裟に皿にポンデなんとかを投げつけ、健太は言葉を続ける。 「いいじゃん、可愛いんだから!」 「は?」 店内の視線を独り占めにして、なぜか誇らしげな表情を見せる。 自慢げに鼻を膨らませ、呼吸を乱す姿は何とも滑稽な。 「健太、殺意って辞書で調べてみ」 「何で?」 「心境が乗ってるから」 (うわぁ、バカップル) 突然、背後から声が聞こえた。 クスクスと押し殺した笑い声の聞こえる方向に視線をやる。 「俺、男ですって!」 ~方程式は導かない~ 「それで昨日は、何か変わった事はあった?」 低くなった視界に違和感を覚えつつも家路を辿る。 変わった事といえば、突如性別が変わってしまった、その一言に尽きる。 しかし、その理由について問われると言葉を詰まらせてしまう。 思い当たる節が全くないのだ。 「変わった事ねぇ、例えば?」 「黒服の集団に変な薬を飲まされたとか」 「バーロー、いつも通りだったよ」 変わった事。 焦点をズラして、考察に浸る。 病気、突然変異、空気汚染。 願望、妄想、天罰、呪い。 可能性は無きにしも非ずと言った所か。 全てを疑っても、損は無いだろう。 「優樹」 「ん」 考察から戻り、不意に視線を合わせた。 「突如、それは本当にバストであるのかと言う疑問が湧いた」 「湧かんでいい、これはバストである」 「いいや、現状では判断しかねる」 「健太よ、貴様は何が言いたい」 両手をパキパキと鳴らし、迫り来る姿はまさに鬼。否、外道。 邪念と雑念が入り乱れた笑みは、馬鹿面そのもの。 五感全てが、ぱふぱふと警鐘を鳴らしていた。 「僕が調べる!直に触れよう!」 「よかろう、ならば死ね」 先人達は後頭部への打撃は禁止だと言っていた。 悶える健太の姿を見て、なるほど頷いた。 「優樹、君は一生このままでいいのかい?」 「血まみれで説教するな」 道行く人たちは、何事かと目を白黒させていた。 傍から見れば、さぞ奇妙な光景であろう。 彼女に別れを告げられ、足に絡みつき拒む男、と言った所か。 踏みつけられたその顔面は、恍惚としている。 「心配した僕が馬鹿だった、そう言いたいんだね」 「随分と飛躍したな、神経焼き切ってやろうか」 胸倉を掴んだまま、暫し沈黙が流れた。 溜息をつきながら汚れた裾を軽く叩き、立ち上がる健太。 腫れた頬には、大粒の涙が流れていた。 「分かった、この件からは手を引く!」 「よかろう、ならば帰れ」 スンスンと鼻を鳴らしながら、一度は踵を返した健太。 そのまま軽やかに身体に反転を加え、再度向き合う。 「優樹、君は一生このままでいいのかい?」 「さっき聞いた」 「最後まで聞いて欲しい、場所を移そう」 そんなこんなで、近くの公園のベンチ腰掛け やっとまともな相談が始まったのだった。 「年齢-連続告白失敗回数=マイナス値で女体化する 今、巷ではそんな噂が流れてる」 突拍子の無い言葉に突っ込みを入れ損ねた。 見詰めた瞳は打って変わって、真剣な眼差し。 とても偽りを話している様には見えない。 連続告白失敗回数。 思えば昨夜、クラスメートにメールで告白し、玉砕した。 かと言って、連続して告白に失敗した覚えは無い。 よくある都市伝説の類で、この件には関係ないのだろうか……? 「もし、この話が『本物』なら、君は男性に告白して成功しない限り男に戻れないって事」 「健太、好きだ」 「でね」 「スルーか」 半ば強引に言葉を続ける。 それだけ真剣に考えてくれているのだろう。 「僕は一度家に帰って、医学方面とカルト方面の両方で調べてみる。優樹は?」 「ちょっと精神的に参ってるから、帰って寝るわ」 「おっけー。何か分かったらすぐ連絡するね」 携帯を顔の横で振りながら、来た道を戻っていった。 出来るなら、初めから真面目にやってくれたらいいのに。 然るに、それが出来ないから健太は「所詮健太」なのだが……。 思いながら見上げた空には、焼けた低い雲が広がり、一日の終わりを告げようとしていた。 今日は手掛かり無し、か。 もしも、一生このままだったら。 突如、不安が頭をよぎる。 実家の両親には何て話そう。 大学はどうしよう。 折角取った免許証だって、無意味に成りかねない。 当人でさえ認めたくない現状を、他の誰が信じると言うのだろう。 変わらないのは、玄関の錆び付いたドアの軋む音。 足に擦り寄る愛猫を抱き上げながら、すっかりサイズの合わなくなった靴を脱ぎ捨てる。 鞄を窓際の机に置き、いつもより大きく感じるベッドに身を埋めながら、再度考える。 もしも、一生このままだったら。 そんな主人の悩みなどお構いなしに、胸元で喉を鳴らす猫。 「お前、また太ったんじゃないか?」 黒々とした目で視線を返す猫は、不思議そうに首を傾げる。 「ぷっ、動物は太ってる方が可愛いから気にするな」 指が埋まるほど伸びた毛に、季節の変わり目を感じる。 2、3回、ヒゲを引っ張ると浴室へと逃げる丸い背中を見ながら眠りに落ちた。 翌朝、日曜日。 いつもより少し早く目が覚めた。 朝食を取ろうにも、ジャムの蓋が開けられない。 仕方なく歯を磨こうと洗面台へ向かうが、身長が縮まった事により鏡が見えない。 着替えようにも、服が合わない。 何も出来ない。 足元に擦り寄る愛猫に「愛してるぜ」と投げかけ、退場を願う。 すまん、今お前に構っている余裕は無いのでな。 上着のポケットに入れたままになっていた携帯を取り出し、発信履歴から電話をかける。 「もしもし、健太?」 『誰』 「ふざけてないで、ちょっと頼みを聞いてくれ」 『可愛い女の子の願いとあらば、何なりと!』 面倒なやり取りと、何も上手く行かない事が相まって、些細な苛立ちを覚えた。 頼みごとをしている身である事もすっかりと忘れ、強行手段へと出る。 「うっさい、さっさと服買って来い馬鹿」 言ったきり、電話を切った。 それから1時間程して、歯切れよく呼び鈴が鳴った。 健太が両手に持った紙袋は結構な量だった。 「これだけあれば、1週間は乗り切れるでしょ~」 「ああ、助かる。金はそこの財布から……」 「いいよいいよ、友達じゃないか」 下手くそな笑い方が、違和感の元凶だった。 紙袋に手を突っ込み、適当に服を引きずり出す。 それを健太に突きつけながら問うた。 「貴様、これは何だ」 「フリフリのミニスカート」 先人達は急所への打撃は禁止だと言っていた。 悶える健太の姿を見て、なるほど頷いた。 「似合う!絶対似合うから!」 「血だらけで豪語するな」 とは言ってみたが、一瞥したところ、高価な物の様だった。 貧乏苦学生に、服を買いに行く余裕など微塵も無い。 致し方なく、与えられた服に袖を通した。 肩出しの白いロングシャツ。 黒いフリルのミニスカート。 鏡に映った自分は、女の子そのもので少々面映い。 「うんうん、やっぱり似合うよ!」 やはり、違和感が拭えないが、贅沢も言っていられない。 原因究明に勤める為の、最善の手段がこれだった。 そうやって自身を強引に納得させなければ、やってられない。 「それで、昨晩は何か分かったか?」 適当に服装の乱れを整えつつ問う。 鏡越しに映る、文字通り「お手上げ」の健太。 多少落胆もしたが、予想通りと言えば違いない。 原因究明にも、2人では少々人手不足だ。 とは言え、半端な人間では噂が広がる恐れがある。 信頼の出来る人材が必要だ。 「行くぞ」 「デート?いいね」 「馬鹿、泰蔵のトコ」 大学では優樹、健太、泰蔵は1セットとして考えられており 四の五の言うから六でもない三馬鹿であると、冷ややかな視線を送る者も多い。 勿論、その元凶は俺以外の二人にある事は言うまでも無いが 小学校時代からの付き合いは、今更断ち切る事など出来ないものである。 泰蔵と会ってから話す事を、軽く纏めながら スニーカーに足を突っ込んだ所で「何考えてるの?!」と、怒鳴られた。 一番何を考えているのか分からない奴が、何を言うか。 「スニーカーは駄目!ブーツ、ブーツ!」 手に持った黒いブーツを振り回しながら涙ながらに訴える。 こやつ、真性の馬鹿か? 「どうでもいい、さっさと行くぞ」 「行かない!履くまで僕は、動かない!」 「……面倒くさい奴だ、貸せ」 「ううん、あげる!」 言いながら相好を崩す。 泣いたかと思いきや、怒り。 怒ったかと思いきや、笑う。 喜怒哀楽が表情に直結の健太だった。 ヒールのおかげで、少しだけ高くなった視線。 今日は、目線を合わせて話す事になりそうだ。 下巻へ続く。