──騒がしい街。 ──肩を並べる人は、皆どこへ消えていくのだろう。 駅から一歩出ると雑踏が広がった。 アスファルトを蹴る車、楽しげな声、ギターの音色。 今日も一人歌う彼女。 俺は近くの階段に腰掛ける。 本当は雑踏に呑まれ、何も聴こえなかった。 でも、彼女がそこで歌うから ここで、黙ってそれを聴いた。 歌い終わると、口を開けたギターケースに100円玉を投げ入れる。 乾いた音は今日の客足を証明している。 彼女は何も言わずに頭を下げ、それを見届けてから家路に着く。 駅から見える、交差点の少し手前が彼女のステージ。 何も聴こえないから、誰も足を止めない。 いつしか、俺は彼女に惹かれていた。 騒がしい街。 慌しく交差する人、その中で歌い続ける彼女。 歌の途中だったが、ギターケースに近付き100円玉を入れる。 交差点の信号は赤い光りを灯していた。 一瞬、雑踏が遠くなる。 細い指。 踊るようにコードを組んでは崩していた。 白い手が弦を弾くたびに、柔らかな音色が聞こえて。 彼女の口からは、歌が。 「……ごめん、そういうつもりじゃなかった」 怒ったような、それでいて悔しそうで。 泣きそうな顔をしていた。 彼女がどうして、この場所をステージに選んで居たのか分かった。 日常に、溶けていたかったんだ。 平凡に、紛れていたかったんだ。 そうする事で、自分を証明していたんだ。 あれから彼女は姿を見せなくなった。 空っぽのギターケース、今日は花を投げ入れる。 誰も足を止める事の無かった、歌の無い弾き語り。 騒がしい場所だから、声の無い君も歌えたんだね。 ──騒がしい街。 ──不意に振り返る。 ──あの日、あの場所で ──彼女の歌を聴いていた。