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 ※ この物語に登場する団体、登場人物等は架空のものであり、実在するモノとは一切関わりございませんのでご注意ください。    共に、登場する病名及び病状等も実際の事実との相違点が多々あります故、ご注意くださいます様、お願いします。  ※ この物語は登場人物の視点が毎回変わります。    今回のプロローグは、主人公・前橋 卓真の視点により展開しています。  ※ お読み戴く点での注意。    途中、◆と◇が出てきますが、◆は回想スタート、◇は回想終了となっております。  「あなたには、この花が何色に見えますか。」  久しぶりに会った彼女は、花束を手にして僕に問うた。  彼女の瞳の先は僕を捉えているようで、捉えてはいない。その無機質な瞳は以前の少女の時のモノではなかった。  僕は答えた。ありのままのその色を…。  それが、彼女の求めている答えであったのか。その答えを聞いた彼女は、無機質な瞳のまま微笑んだ。昔の面影を残して…。  ───プロローグ 卓真  空港で父さんが倒れた。  その連絡を受けたとき、何故か僕の心に心配の色は浮かばなかった。いつも、仕事で家を空けていた父さん。 殆ど会話すら交わすことの無かった奇異な関係。そこに愛があったのか。僕からすれば、まるで赤の他人の様なものだった。  すぐに車が用意され、病院へと急ぐことになる。灰色の寒空の中、車は走り出した。車の中は静寂、運転手と僕の二人きり。 窓の外を見上げれば、そこには濃くて厚い灰色の雲…。今にも雪が降りそうだ。 窓に手で触れてみると、冷たくて外と中の温度差が激しいのがわかる。  「卓真様。父上の容態が気になりますか?」  運転手が喋りかけてきた。窓の外を眺めて惚けていたからだろう。傍から見れば、落ち込んでいるように見えたのかもしれない。  「ん…、気になるというより、驚きの方が大きいかな。もちろん、気にならないってことはないよ。」  そっけない返事だったかもしれない。運転手がバックミラー越しにちらっとこちらを見たのがわかった。 でも、この気持ちは嘘偽りなしに思ったこと。今まで父が病気を患ったなんて聞いたことが無かった。 その為か、心配という気持ちが湧いて来るよりも先に、驚きが勝るのは当然の事だった。  「本日は、卓真様のお誕生日ということで、父上がお帰りになるとのことだったようですが。」  珍しく運転手がよく喋る。僕の機嫌を伺いにきたのかな。こちらを再度バックミラー越しに見ている。 いつもなら、運転手が自ら話しかけてくることはないのに…。それほど、僕の顔は落ち込んでいるように見えるのかな。  「珍しいよね、今まで誕生日を二人で過ごしたことすら無かったのに。   急に『二人で過ごそう、誕生日プレゼントを用意した。』なんて。」  少し険のある言い方をしてしまう。バックミラー越しに見える運転手の顔は無表情に見えながらも困惑しているように思える。 仕方ないんだ…。父さんのこと好きじゃないんだから…。                              ◆  12月29日、僕の誕生日。毎年この日には、父さんが会社の重役や取引先などを呼んでおり、 向こうが僕を知っていても、僕には全く知らない顔ばかり…。 その様は誕生日パーティーなんていいものではなく、立食パーティーに過ぎなかった。 そんな中、小さい頃からピアノを習っていた僕を皆に堂々と紹介し、ピアノを弾かせる。 演奏なんて聴いてはいない。ただ父さんの自己満足に付きあわされるだけ。 息子を仕事の道具としか思っていない。そんな気がしてならなかった。  ピアノが弾き終われば、演奏者は交代。父が呼んだのだろう、プロが僕には弾けない曲を次々に弾いていく。  知らない顔の人に次々と 「お誕生日おめでとう。」 「私はこういう者だが、跡継ぎはやはり…」 「お父様共々これからもよろしく…」 等と似たようなことを次々に言われる。 挨拶をしてくる皆が、仕事上の挨拶にしか見えなかったのだ。  僕を祝う。そんな気は毛頭ない人たちばかりのパーティー。その為か、毎年この日が憂鬱で仕方なかった。                              ◇  今日、17回目の誕生日パーティーを迎える。今までと同じようなパーティーが開かれるのかと憂鬱に思っていた。 けど、今年は違う。その理由は、数日前父さんから国際電話が掛かってきた事からだった。                              ◆  「卓真、今年は家族二人だけで誕生日を過ごさないか?」  電話に出ると、いつもと声色の違っていた父。初めて聴いたその声色は、僕に指示する時のではなく懇願するようなものだった。  「はい、別に構いませんよ。」  「そんな堅苦しい言葉を使うな…。父子の仲なんだ。」  「は…はい。」  そんなことを言われても急には変えられない。 つい、他人口調になってしまうのも仕方がないんだ。元々、こんな会話すること自体が初めてなのだから。  「まあいい、それより今年はお前への誕生日プレゼントを用意したぞ。私が選んだんだ。」  嬉しそうに父は喋った。初めてのことに戸惑う。何かあったのだろうか…。  「と、父さんが選んだのですか?ありがとうございます、楽しみにしておきます。では、僕はこれから帝王学の学習に入りますので…。」  「ああ…、わかった。とりあえず、楽しみにしておくんだぞ。」  父が通話を切ったことを確認して、そっと受話器を置いた。  …戸惑った。初めて父との会話で戸惑いを感じた。他人行儀なんて捨てて話しかけてきた父は何を思っていたのだろう。 ただ、ひとつ思いに耽る…これが、一般的な親子の会話なのだろうかと…。                              ◇  ふと、ぼんやりとしていた焦点の合っていなかった視界に白が混ざり始めた。  雪…。焦点が窓の外をちらついていてる白い点に絞られた。 車の窓に音を立てずに着いては、水滴と化していく。その様を只、じっと見つめていた。  気付けば車は止まり…。  「卓真様到着いたしました。」  「ああ、ご苦労様。ありがとう。」  車から降りた目の前には、昔から変わらない見慣れた真っ白な建物。市内で一番大きい病院だった。  「卓真様。何時頃、お迎えにあがりましょうか。」  「うん、こちらから連絡するから、その時お願いできるかな。」  「かしこまりました。」  車も去り、病院の自動ドアへ行こうとした時に、柱に貼られたチラシが視界に入る。  『○○病院 ピアノコンサート』  ピアノ…。つい反応してしまい、胸が締め付けられるような苦しさを覚える。 今はもう弾くことの出来ないピアノ。弾けなくなってから、一度も曲すら…譜面すら見ていなかった。 ピアノと言う単語・姿さえからも遠ざかっていたのに、見てしまった。そのまま眼は自然とチラシの内容を読み進める。  『障害のある子供たちのピアノ演奏です。心温まる演奏を聴いてみませんか。』  盲目や知的障害の子供達がピアノを弾くらしい。それも、時間を確認すると開演十分前だ。  聴いてみたいな…。ピアノの音色が聴きたい。弾き手が誰であろうと構わない。 久しく聴いていなかったピアノの音色。今まで避けていたにも関わらず、苦しんでいた胸はいつの間にか躍っていた。  腕時計の時間をもう一度確認する。面会時間もまだまだ大丈夫だ。聴きに行こう。 父さんに申し訳ないという思いも心の片隅に置いて入り口のドアを開いた。  嗅ぎなれた病院の匂いと歩きなれた廊下。会場となっている児童専用リハビリルームへ向かう足に迷いはなかった。  ドアには『ピアノコンサート♪』と描かれたチラシが貼ってある。 中に入ってみると誰が用意したのだろうか、グランドピアノが置かれていた。 三十余りの客席には既にたくさんの人達が座っており、中には白衣を着た人も居るようだ。 椅子は既に満席だったので、立ち見をしている人たちの中にそっと混ざる。  「今日は皆様お越しいただき、ありがとうございます。」  看護士がマイクを手に笑顔で始まりの挨拶と演奏者の紹介を行う。  「なんと、今日の演奏者は、あちらに座っている子供たちです!皆様、拍手をお願いします」  「それでは、最初の演奏は、ゆうたくんお願いできるかな?」  ピアノの横に並べられた椅子に座っていた男の子が元気良く立ち上がる。 この子は何の病気なんだろうか。ふと、束の間そんなことを考えてしまう。  周りの人達が拍手で迎える中、ゆうたくんはピアノと向き合った。 その際、隣に座っている譜めくりの人だろうか、その人がゆうたくんの手を取って鍵盤へ添えさせた。  「それでは、ゆうたくんの『きよしこの夜』をお聴きください。」  これは…。小さい頃ピアノを習いたての頃、誕生日パーティーで初めて僕が演奏した曲だ。誰もが知ってる冬定番の曲。  拍手も鳴り止み、会場は静けさに満たされた。ゆうたくんの表情からは緊張の色は見えない。  鍵盤に確かめるように置かれた白い小さな指が滑り始めた。誰もが聞いたことのあるメロディー。 目線は、鍵盤ではなく譜面台へと向いている。しかし、そこに譜面はなく…。  この子…、目が視えていないのかな…。短い旋律はすぐに終わった。  観客達の盛大な拍手を受けながら笑顔で観客達に礼をする。  しかし、その時も視線は観客に向いていても視てはいない。  「ゆうたくんの演奏、如何でしたでしょうか?ゆうたくんは盲目障害ですが、この日の為に頑張って練習してきました。   もう一度、盛大な拍手をお願いします。」  再び盛大に拍手が起こる。ああ、譜めくりの人が鍵盤にゆうたくんの手を取って誘導したのはその為か…。  ゆうたくんは笑顔を浮かべながら、看護士さんに手を引かれ連れて行かれた。  「如何でしたでしょうか。皆様も一度は聞いたことがある曲でしたね。   それでは、次に演奏をするのはゆりちゃんです。お聞きください。」  綺麗な黒髪の少女が立ち上がる。他の子たちにくらべ、元気が無いように見えるのはきっと、凛とした顔立ちだからだろうか。 整った人形のような顔で無表情ながらもそこに緊張の色は見えなかった。  ピアノと向き合う少女。姿勢も綺麗だ。譜面台に譜面は置かれていない。きっと暗譜しているからなのだろうか。  拍手も鳴り止み、一時の静寂…少女の指が踊りだした。  曲名『革命のエチュード』有名なショパンの作曲。 曲としては様々なところで使用されているので聴いたことのある人も多い。 只、この曲は僕にも弾くことが出来ない。それがどうだろう、僕より年下の女の子が弾いている。 複雑なリズム…休む暇の無い伴奏。観客の誰もが、少女の弾き様に圧倒されていた。 それでも少女は無表情のまま…指だけが感情を持って踊っている。  演奏が終わると共に、壮大な拍手。その中でも少女は無表情を崩さなかった。  久しぶりにピアノが聞けて嬉しい気持ちと同時に悔しさも込みあがってきていた。  プライド…?ふと、そんなモノまで込みあがってきた自分に少し腹が立った。 ピアノを弾けない今の自分にそんな『プライド』なんて言葉は使えない。 それでも、自分より年下の女の子が大好きなショパンの曲を…。 その上、未だに弾く事の出来ない曲をなんなく弾いて見せたのが悔しさの原因なのかもしれない。  子供たちの演奏はまだ終わっていない。でも、なんだかピアノを聴ける気分でもなくなったので、父の病室に向かうことにした。  部屋の番号を受付で聞いてすぐに向かう。向かう足に迷いは無く、久しぶりの匂い、内装なんかに懐かしさを覚えつつ歩を進めた。  「ここか…。」  父さんの病室を前にして怖気づいてしまう。病状がどうなのかわからない反面どのような顔をして入ればいいのだろう。  もし…、重い病状だったら?そんなことが頭に思い浮かぶもそれを振り払い、決心してドアを開けた。  「失礼します。卓真です。」  病室に入るとベットから身体を半分起こしている父さんとその傍らに黒いスーツの人物が父に向かって立っている。  「やあ、久しぶりだね卓真。」  こちらに振り向き、気さくに話しかけてきた人は昔会った時と変わらないままの笑顔だ。  「静真叔父さん、お久しぶりです。」  「元気にしていたかい?」  「はい、叔父さんもお元気でしたか?」  たわいの無い会話を始めるも、すぐに父さんと目が合った。  「卓真…、久しいな。約束を守れなくなったのは申し訳ないと思っている。」  「いえ…それよりも、お加減はよろしいのでしょうか?」  つい、しどろもどろな口調になってしまう。  「なに、この程度の事で根を上げておられんよ。それより卓真。クリスマスプレゼントがあると言ったのは憶えているな?」  ああ、電話で会話したときに確かに父さんが言っていたのを思い出す。 その時は気になっていたものの、それからずっと忘れてしまっていた。  「はい、もちろん憶えています。」  忘れていたなんて事、到底言うことなんて出来ない…。  「えっとだな…クリスマスプレゼントなんだが…。」  「?」  どうしたのだろうか、父さんが口ごもるなんて珍しい…。  「ディモル・フォセカという少女…憶えているか?」  「ディ…モ…ル…。」  その名前を聞いた途端、胸が締め付けられた。丁度一年前の12月29日…初めて出会った美しい少女。  『ディモル・フォセカ』                              ◆  ───一年前の12月29日。  年末、ほとんどの人々が新年を迎える準備に追われている頃、僕はピアノコンクールに出場していた。 今まで、生きてきた中で唯一自分が自信の持てるもの…。 小さい頃から父親に色々習い事を学ばされ、英会話・ピアノ・帝王学等いくつあったか正直わからないほどだ。 その中でも只一つ、熱心に続けることの出来たピアノ…。 自分の指が自由に動けば動くほど、ピアノは綺麗な旋律として応えてくれた。  この日も、いつものように自分の出番が来れば、熱を浴びせてくる照明の前に照らし出され観客の視線は皆が一つの場所へ…。 観客席が暗いおかげで眩し過ぎる照明に照らされている舞台上に立っている僕には観客の顔を一人一人認識することは出来なかった。  今まで何度もこんなことをやってきた。特別誰かにピアノを聴かせたいとかは無かった。只、自分だけの為に…、それだけだった。  ピアノと向き合い椅子の位置を調節し、鍵盤に手を添える。 いつもやっているように…、今までやってきたことを繰り返すだけ…。 震えは無いし、心臓が跳ね上がるように踊るというわけでもない。 それでも、この舞台に上がらなければいけなかった。父さんの為に…?いや、違う。父さんの命令で…。 父さんは何事にも実績を求める。もちろんそれは、会社を経営する立場の人間なら当たり前のこと…。  『実績が無ければ、人には認められない。』  父さんに幾度となく、教えられてきた言葉。それを心に留めたまま、いつしかピアノと向き合ってしまっていた。  知らず…、いつの間にか演奏は始まっている。演奏もいつも通りのつもりのはずが、父さんの言葉が頭の中で木霊する。  気付けば演奏は終わり、盛大な拍手の中、観客に向かい礼をしていた。 舞台袖に去っていく際に、頭の中で先ほどの演奏がリピートされる…。  ショパン作曲、『ワルツ第9番変イ長調』別名『別れのワルツ』  悲しげな中にワルツの薫りが漂う、ショパンの中でもお気に入りの曲だった。 なのに…、なのに今回は、二つのバランスが崩れてしまった。 協調性の全く無い出来だった自分に腹が立ち、苦虫を潰した表情で舞台袖に入っていった…。  結果発表を聞く気にはなれない…、どうせ結果は見えているのだから…。 その上、自分の誕生日だというのに晴れやかな気分ではない。 寧ろ、今日のパーティーのことを考えると、頭が重たくなってきた。  会場をそのまま後に、中庭へと出る。帰りの車はいつでも出せそうだ。正直、今日は他の奏者の演奏を聴いている心境ではなかった。 早く帰りたい。しかし、そうはいかない。家に帰れば父さんへ結果を報告しなければならないからだ…。  「卓真…。こんなところにいたのかい。」  ぼうっとしていた所に声を掛けられ、驚いて振り返ると、呆れた顔で静真叔父さんが立っていた。  「叔父さん、来てくれてたんですね。」  「当たり前だよ。兄貴が来てやれない代わり…っていうのもあれだけどね、観に来たよ。」  「叔父さん…。」  正直、来てくれなかったほうがよかったのかもしれない。 自分のためだといっても、やっぱり完全に弾けるものを未完全にしか出来なかったのは悔しい。  「来たところで、皆上手いから誰が優勝とかわからないんだけどね…。でも、今日の卓真の演奏…いつもと違っていたね。」  叔父さんは苦笑を浮かべながらも優しい目だ。  「はは…、やっぱりわかってしまうんですね。今日はいつものことをいつも通りに出来なかったんです…。   いつも通りに演奏しようと思いました。でも、今日に限って父の言葉が頭の中で…。」  「そっか…、それでいつもどおりに弾こうと思っても出来なかったんだな…。」  音楽をそれほど知らない叔父さんでも、気付かれてしまうものなんだな…。 昔から父さんの代わりに来てくれていた叔父さんには、申し訳ないことをしてしまったな。  「気にしないことだよ。そんな落ち込んだ気分じゃ、今日のパーティーの演奏も落ち込んでしまうよ。」  「いいんです。どうせ、誰も僕のピアノなんて聞いていないんですから。」  まるで、むきになってる子供のようだけど、正直な気持ちなんだ…。  「卓真…。このままで自分を許せるのかい?自分の為にやっているんだろう?   今日のパーティーは、私もいい演奏が聴けることを楽しみにしているからね。」  「責任…重大ですね。頑張ってみます」  無理に笑顔を作って答えてみるものの、僕の気持ちが何も晴れていないことは気づかれていることだろう。  お互いに少し空気が重たくなってしまっただろうか。叔父さんも僕も苦笑いしながら、帰りの車を待っていた。  やっぱり、叔父さんは優しいな…。父さんと違っていつも僕を気に掛けてくれている。 昔、父さんが一度だけ見に来てくれたことがあった。初めてのコンクール。その日、僕は金賞を取れなかった。 あの日の父さんは、ずっと黙っていたままで、僕に何の声も掛けることは無かった。 失望させてしまったのだろう…。父さんを喜ばせる目標の為に弾いていたピアノがその日を境に目標を失ってしまった。  目の前にいつもの黒塗りの車が止まる。叔父さんがドアを開けてくれ、重い気持ちのまま車に乗り込んだ。  隣には叔父さんが座って、車が走り出しても沈黙を保ったままだ。  「卓真は好きな女の子は居ないのかい?」  「へ?」  いきなりの事に素っ頓狂な声を出して驚いてしまった。  「えと、居ないですよ。」  いきなり、何を言うかと思えば…。  「そうかそうか。なら今日はきっと出会いがあるかな。」  薄ら笑いを浮かべながら叔父さんは楽しそうに喋りかけてくる。こんな笑い方で喋りかけられたの初めてかもしれない…。  「今日…パーティーで誰か来るんですか?」  「お、察しがいいな…てことは、期待してるのかな?今日は、美少女が来るんだよ…。」  「美少女…美少女…って、そんな冗談僕には通用しませんよ?」  そのまま、叔父さんはそうかそうかと信用してくれていない感じだった。 けど、おかげでさっきまで落ち込んでいた気分が少し晴れてくれたかも。  気付けば、窓の外は夕暮れ…オレンジと藍色のコントラストが綺麗だった。  家に到着。叔父さんは父さんに挨拶があると言って僕と別れた。 腕時計を確認すると、17時30分。パーティーの開催時間まで1時間しかない。  紅茶でも飲もうかと思い、広々とした廊下を歩き書斎へと向かおうと歩を進めていたら、見慣れない子を見かける…。  綺麗な子だな…。父さんのお客さんだろうか。そんな事を思っていると、すれ違う瞬間に声を掛けられた。  「前橋…卓真さんですか?」  驚きながら振り返る。  「あ、えとそうですけど、僕に何か御用が?」  しどろもどろに言いながらも女の子の目をしっかり見つめ返す。帝王学の学びだ。  「私は、ディモル・フォセカと言います。父が卓真さんのお父様と知り合いでして…、   この度はおめでとうございます。お招きいただき嬉しいです。」  あれ…、外人さん?ぼうっとしていて気付かなかったけど、この子の髪の毛は綺麗なホワイトゴールドの色をしていた。 腰まで届く髪に、灰色の瞳。凛としつつも優しさを含んでいる、大人びていながらも幼さの残った顔だった。  「あ…えっと、こちらこそお越しいただきありがとうございます。」  僕がしどろもどろで必死に応える中、ずっとにこにこと笑みを浮かべながら僕を見つめていた。  「卓真さんは、ピアノが得意とお聞きしたのですが、今宵のパーティーでよろしければ演奏をご一緒させていただけませんか?」  いきなりの申し出に、一瞬頭が混乱する。一緒に演奏ということは、この子も楽器をやっているのかな?  「貴女も、何か楽器を?」  「ええ、フルートを幼少の頃から…。」  「素晴らしい楽器ですね。フルート、好きですよ。でも、演奏は何をされます?   昔から独奏曲しか弾いた事がないもので、余りレパートリーが無いのですが。」  昔から習ってはいるものの、ピアノ独奏曲ばかり弾いていた為、フルートと合わせて演奏ができるかどうか心配だ。 今から譜面を用意するにしても、時間が掛かってしまうし…。  「卓真さんのお好きな曲でいいですよ。それに合わせますので、自由にやりましょう。」  好きな曲って…、それに合わせるってこの子、かなり上手いのかな…。 それでも、やっぱり合わせやすそうな曲を選ぶしかなさそうだな…。  「わかりました。では、演奏開始前にもう一度どこかで、待ち合わせましょう。   場所は…、パーティーホールのグラウンドピアノ前でいいですか?」  わかりましたと、微笑んで彼女は背を向け、廊下を歩いていく。 歩くたびに揺れる綺麗な髪に思わず、見とれてしまっていた。  綺麗な子だったな…。それと同時に叔父さんの言っていた言葉が脳裏をよぎった。  18時30分。 ホールには給仕とシェフがせわしなく動き、ウェイターがグラスに注いだシャンパンやカクテルといったお酒を皆に配り始める。  正直、僕の誕生日パーティーと言った感じは全く無い。 当たり前だけど、看板があるわけでもなく、来ている人たちも皆、僕の知り合いではなかった。  父さんがパーティーの開始の合図をしてから十五分も経った頃、取引先や重役の人たちに囲まれていた。  早く、待ち合わせの場所に行きたいのに…。 祝いの言葉を一通り貰い受けた後、逃げるようにして待ち合わせしていたピアノ前へと急ぐ。  先ほどまでと服装は違うが、待ち合わせ場所に居た彼女を発見することができた。 手にしているのは、髪の色と同じホワイトゴールドのフルート…。 上品な白のドレスは派手ではなく、シンプルなデザインが彼女に似合っているように感じる。  「遅くなりました…。重役の方に囲まれちゃって…。」  彼女は笑顔で大丈夫ですよと答えてくれて…、その笑顔に心臓がドキドキし始めた。  「曲は、今日卓真さんが弾かれた『別れのワルツ』にしませんか?」  まさかの曲指定。『別れのワルツ』はつい先ほど、弾いたばかりの曲。 彼女が何故知っているのか、もしかして見に来ていたのかな…。  「えっと、見に来られてたんですか。」  「はい、素晴らしい演奏でしたが、何か気持ちがどこかにいったような感じがしました。」  彼女にも気付かれてしまうか。それほど、自分の演奏が酷かったのだろう。 結果発表が気になっていたけど、これで完全に自分が表彰に立てないことはわかった。  彼女は、そっと微笑んでいるだけ。大丈夫、次こそはいつも通りに弾けるからと言ってくれてる感じがした。 今までたった一人で弾いてきたピアノ。それを、これから二人で演奏する。 彼女なら…。彼女とならきっと、素晴らしい演奏となるに違いない。  『ディモ!』  いきなり大声が割ってはいる。何事かと振り返ると、白いスーツを着た男性が凄い勢いでこちらに向かっている。  彼女と同じ髪の色…。  「パパ!」  酷く慌てた様子で駆けつけた男性は、どうやら彼女の父親のようだ。 父親はパニックになったような表情のまま、母国語で彼女に話している。 みるみる内に彼女は、青ざめた表情に変わっていく。彼女がこちらにやってくるも、その顔は今にも泣きそうな顔だった。  「卓真さん、ごめんなさい。急遽、父とフランスに帰らなければいけないんです。本当にごめんなさい。」  「いえ、気にしないでください。それより、お父様の所に早く行ってあげてください。またいつか、一緒に演奏しましょう。」  先まで泣きそうだった顔を堪えながら、笑顔を見せてくれた彼女に心臓が跳ね上がるのを感じる。 いつの間にか、二人はホールを後にしていた。 仕方なくピアノと向き合いながら想う…また、いつの日か一緒に演奏できることを願って…。                              ◇  「はい、ディモル・フォセカ。彼女のこと憶えています。」  「彼女をな、とある事情で私が引き取ることになったのだ。それで、卓真にサプライズを含めて紹介しようとしたんだが…。」  父さんは、無理に笑顔を作りながら喋るも、そこに在ったのは痛みを堪えている表情だった。 ただ、心の痛みなのか、身体の痛みなのか、僕にはわからない。  「父さん、もう安静にしていてください。彼女は、今どこに居られるんですか?」  正直、父さんのこんな姿は見たくなかった。いくら、赤の他人のような関係であっても、父子なのだ。 刺々しい口調になってしまったけども、それすら今はもう構わない。  「卓真、お前も強くなったんだな。彼女は、病院の花壇に居る。会ってくるといい…。」  強くなったつもりは無い。いつもと違う雰囲気の父さんから耐えれず、すぐに逃げたかっただけだ。  「すみません。では失礼します。お大事に…。」  結局どれを取っても、父子の会話ではなかった…。 最後の最後まできっとこんな感じなのだろう。そう思いながら、懐かしい花壇へと足を向けた。  外はまだ、雪がちらついている。灰色の空から真っ白な雪が降ってくることに不思議な感覚を覚えながらも病院をでた。 駐車場とは反対の道をすぐ右に曲がれば、そこには小さな小さな花壇があった。 円形に象られた花壇は四季折々に咲くように植えられている。  そこに彼女は居た。一年前と変わらぬ後姿。綺麗なホワイトゴールドの髪に雪が溶け込まれていく。  気付いたのだろうか、彼女は振り返る…。丁度一年ぶりの再会。きっと、変わらぬままの表情での再会だと思っていた。  ただし、それは叶わぬことだった。  暗い瞳を携え、そこには陰しかない。  昔の面影を残した微笑を浮かべながら…。彼女の唇が動いた。  「あなたには、この花が何色にみえますか。」  それが、彼女の再会の言葉だった。                           プロローグ 了