TOP
Hey8朗
短編
長編
黄昏の豚
短編
長編

-------------------------------------------------- ■ だるまさんがころんだ --------------------------------------------------  ※この物語では、一部グロテスクな表現が出てきます。苦手な方は我慢して読むか読まないほうが為かと思われます。  『だるまさんがころんだ』  誰もが知っているであろうこの遊び。子供の頃、友達とよく遊んだりした人も多いと思う。 しかし、この遊びも今では皆が楽しく遊べるが、昔はそうではなかったのだ。 本当の「だるまさんがころんだ」を紹介しよう。  「だ~るまさんが~こ~ろんだ!」  庭で子供達が遊んでいる。いつの間に、友達を呼んできたのだろうか。 息子が木に向かって「だるまさんがころんだ」と叫んでいる。 家事も一通り終わった私は、休憩しようと縁側にやってきていた。そこには既に、先客が居た。夫の母だ。  「お義母さん、今日もここでお茶ですか?」  「ええ、そうですよ」  お義母さんは、湯飲みを両手に穏やかに答える。  夫と結婚して10年、6年前に息子の出産を機に新築を建てた。 その際、夫との相談で田舎に一人で暮らしていたお義母さんと同居することになったのだ。  ドラマでよく見る、嫁に口々文句を言う姑ではなく、いつも温厚で天気の良い日には縁側でお茶を飲んでいる。 同居の相談の時も、私が反論一つ無く同居を承諾したのもそのためだ。  「私もお茶、ご一緒していいですか?」  言いながら了解を得る前にお義母さんの横に正座で座る。  「ええ、いいですよ」  この受け答えもいつもの事だ。家事が一通り終わった後ここで飲むお茶は美味しい。 ひよこ饅頭を持ってきてそれも頂く。お義母さんが横に居ても、何の不快も無い。 お互い黙ったままゆっくり湯飲みを傾けていた。  息子が遊んでいるのを観ながらお茶を飲むのもいいけど、会話が無いのもなんだか暇なので久々に声をかけてみる。  「だるまさんがころんだですか、懐かしいですね。私も小さい頃よく遊びましたよ。」  「ええ、そうですか」  返ってきた言葉も相槌だけで会話が続かない、いつもそうだ。  同居してからというもの、お義母さんと二言以上の会話をしたことなんて殆ど覚えが無い。 夕飯を食べる時だって、私と夫の会話に入ってこない。一人黙々と食事をしている。  気にせず話しを続けてみる。  「お義母さんも昔は、『だるまさんがころんだ』で遊びました?」  「そうねぇ…昔、私の住んでいたところでは、怖くて出来なかったねぇ…」  予想していたのとは全く違う答えが返ってくる。  「怖くて?『だるまさんがころんだ』が怖いんですか?」  「おや?知らないのかえ?『だるまさんがころんだ』も今では子供達の遊びだけどねぇ…」  気になる発言をしながら、お義母さんはお茶をすする。  興味がわいてくる。これは、後で近所の奥さんと話するときのネタになるかも。  「詳しく聞かせてもらっていいですか?」  「そうだねぇ…だるまは知っているじゃろ?」  「ええ、お義母さんの寝間にもありますね」  お義母さんの寝間には大きい達磨が飾ってあるのを知っていた。 掃除しようと達磨を磨こうとしたときにお義母さんに必死の形相で止められたのを憶えている。  「達者っていうのはねぇ、本当は拷問にかけられた人のことを言うんじゃよ」  「え?私の知っている達磨とは違いますね…」  お義母さんは、笑みを浮かべながらいきなり立って縁側からすぐそこの自分の寝間に入った。  どうしたのだろうかと思っているうちに、お義母さんは半紙と硯と筆を手に戻ってきた。  「あんたの知っているだるまっていうのは、こう書くじゃろう?」  言いながら、お義母さんは筆を手に半紙にスラスラと文字を書いていく。  『達磨』  「はい、だるまですね。これがなにか?」  お義母さんが続けて、もう一枚の半紙にまた文字を書いていく。  『達者』  「たっしゃ?ですか、これがどうしたんですか?」  「違うんじゃよ、これもだるまと読むんじゃよ」  『達磨』と『達者』これのどちらもが『だるま』と読むのか。  「私の住んでいたところでは、だるまというのはこのように書くんじゃよ」  いつの間にか、お義母さんがいつもとは違う真剣なしゃべり方をしているのに気づいた。  「達磨っていうのは、赤いじゃろ?あれは、赤い衣を着ていたからと言われているんじゃよ。それはね」  お義母さんが言ったことをまとめるとこうなる。  赤い衣を着ていた訳は、赤色が魔除けになるらしく、そのため子供に与えられる玩具として今のだるまがあるそうだ。 転んでも起き上がってくるのも、「七転び八起き」という意味がある。 昔、達磨という人物が壁に向かって9年間座禅をし、その際手足が腐り今の形となったという説がある。  「でもねぇ、これが今の達磨の由来であったというだけであって、私の知ってる達者はまた全然違うんじゃよ」  お義母さんの雰囲気が変わった。  「つづき、聞かせてください」  お義母さんの雰囲気に呑み込まれたのだろうか。 私の頭にはもう、近所の奥さんとの話のネタにするとかはどうでもよくなっていた。 『聞きたい、つづきが気になる』それしか、頭の中にはなかった。  「私の知っている達者っていうのはね…」 ……… …… …  昔、とある所に『達者』という見世物小屋があった。 この見世物小屋に入ることが出来たのは、当時の富裕層のみであった。  その時代、貧富の差が激しい時代であった。人身売買は当たり前。 金の無いものは子作りに励んでは自分の子を売るような時代である。 子供の売られる先も様々で、富裕層の労働力として買われるか、見世物小屋や娼館に買われたりと…。 その中でも、高値で買われていく売り先は『達者』という見世物小屋であった。  一般に知られる『だるま』と言えば、転ばせても起きる赤い顔の付いた人形であろう。 だが、この見世物小屋にある『だるま』は普通ではない。  人形ではなく、両手両足を切られた人なのだ。身動きもろくに取れない人を見世物小屋では披露していた。  店の中に入るといくつかの部屋がある。その中でも人気があったのは『だるまさんがころんだ』であった。 もちろん現代の『だるまさんがころんだ』ではない。  その部屋に入ると観客席と6メートル四方の場がありそこにあるのは、かつて人の形だった『達者』であった。  場の端には7体の達者。皆がそれぞれ意味も無い赤い衣を着ている。いや、前は白い衣であったのだろうか。 赤いと言うよりも赤黒く、所々に白っぽい部分があるだけだ。 恐らく両手両足を切られた後、切り口から滲み出た血が染め上げたのであろう。  場の真ん中には、この見世物小屋の主であろう人が立っている。 その隣には、買われたばかりの人間であろう者が立っている。二人の表情の差は歴然としていた。 にこやかに愛想笑いばかりを顔に浮かべている主に対し、となりの人物の照明に照らされた顔は恐怖の色に青ざめていた。  「さぁ、みなさん今宵はお集まり頂きありがとうございます」  見世物小屋の主が宴の開始を告げる。  「今宵も良い達者達が集まっておりますので、存分にお楽しみください」  それに応えるかのように観客席の客達も熱を上げ始めた。  「さて、皆さんの中にもまだ観たことが無い人も居られるかと思いますので、先に遊び方を説明したいと思います」 ──『だるまさんがころんだ』遊び方  鬼と達者にわかれる。鬼には、まだ手足の残っている者を使う。勝者には、飯が与えられる。 敗者が鬼の場合は達者にされ、敗者が達者の場合は目玉をくりぬかれて『にらめっこ』の部屋に連れて行かれる。 1:鬼は目標物となるところに立つ。この時、達者と鬼の間の距離は5メートルほど。 2:『はじめの一歩』と鬼が叫ぶ。叫んでいる間のみ達者は動いても良い。 3:鬼は達者に背を向け『だるまさんがころんだ』という呪文を詠唱をする。 ただし、詠唱速度は選ばれた観客が決める速度でないといけない。   早すぎたり、遅すぎたりした場合は主の判断で敗者とし、鬼は達者にされる。 4:呪文の詠唱が終了してすぐに、鬼は達者の様子を見るため振り返る。   詠唱中達者は目標物に向かって動いてよいが、詠唱中以外は動くことを禁ずる。 5:振り返り、動いている達者が居れば目標物にされている鬼の陣地に捕虜として捕らわれる。 6:これを10回繰返し、その間に達者は目標物に触れないといけない。 触れた場合、鬼はすぐにそれを察知し『止まれ』と叫ぶ。   『止まれ』と叫んだら、達者は行動を停止しなければいけない。この際、捕虜とされている達者も逃げてよい。 7:最後に鬼は達者に向かって『最後の一歩』と叫びながら、一歩だけ近づくことを許される。   近づいた後、そこから片足はその場に残して手を伸ばし達者に触れて捕虜にする。  勝ち負けの判定  鬼は『最後の一歩』で4人以上を捕虜に出来なければ、敗者とする。達者は4人以上が生き残れば勝者となる。 ただし、詠唱10回の間に目標物に誰か1人が触れなければならない。 10回詠唱の間に達者の誰一人も目標物に触れられなかった場合と全員が捕虜にされた場合、鬼の勝ちとする。  「のような遊び方となります。長くなりましたが、これより開始させていただきたいと思います。   お楽しみくださいませ」  主の長い遊び方の話が終わる。話を聞いていたのかどうなのかはどうでもいいとばかりに笑顔を振りまく主。 それに合わせ同じくどうでもいいから始めろといわんばかりに観客達は熱くなっていた。  『だるまさんがころんだ』が始まった。  達者も鬼も負けるわけにはいかず、長らく食べていなかった飯にありつくためにと必死になる。 その形相を観て笑う観客達。  「はじめの一歩」  鬼が叫ぶのに合わせ達者が必死にうごめくが、手足の無いものに「はじめの一歩」などあってないようなものである。 醜く動く達者を観ては罵声を浴びせ笑い転げる観客達。  「だ~るまさ~んがこ~ろんだ」  これまた恐怖に煽られた表情で鬼が叫ぶ。その間に我先にと必死にうごめく達者。  繰り返される阿鼻叫喚の図を見ては笑う観客。 主も一緒に笑いながら捕虜となった達者を後ろで控えていた者に指示し目標物に運ばせている。 必死に転げまわる達者を観ては笑い転げる観客達。  勝者と敗者に褒美と罰が下る。 負けた達者はその場で目玉をくりぬかれ、勝った鬼は褒美の飯としてその目玉を必死に喰らう。 それまた鬼が負ければその場で達者にされ、斬られた手足を達者は喰らう。  それは毎日毎日繰り返された。『だるまさんがころんだ』 その時代尽きることの無かった人身売買によって新しい達者は次々に見世物にされては、 富裕層の楽しみにされていたのだった。 ……… …… …  気づけば既に辺りが暗くなり始めていた。手に持っていた湯のみも既に冷めている。 縁側に正座で座っていたお義母さんの後ろには夕日が長い影を作り出している。  「…どうじゃぇ?これが昔私の住んでいた処で言い伝えられてきた『だるまさんがころんだ』なのじゃよ」  落ち着いた声でお義母さんは、昔のことを語り終えた。  「それって本当の話なんですか?」  お義母さんの真剣な語りに私は、嘘はないとは思っていた。けど、念を押して聞いておきたかった。  「さぁ、私は小さい頃からこの話を聞かされていたからねぇ」  お盆に載せていたひよこ饅頭に視線を逸らす。  …っ!  一瞬…一瞬だけど、夕日に染められたひよこ饅頭が達磨に見えた…。  だめだ…。こんなこと早く忘れなくちゃ…。  もう一度見ると、ちゃんとひよこ饅頭に見えた。それをどこからか手が伸びて一つ持っていく。  「え?」  「お母さんばっかりずるいよぉ」  そこに居たのは息子だった。庭を見渡しても先ほどまでいた他の子は居ない。  「もう、友達は帰ったの?」  先ほどまで暗く沈んでいた顔を明るくし息子に語りかける。  「とっくに帰ったよ~、お腹減った~」  ひよこ饅頭を片手に笑顔で答える息子。それを見てつい、安堵の息が漏れる。  「そうね、ご飯にしましょっか。先に手を洗ってきなさい。」  息子の笑顔に応えるように、私も笑顔で答えた。間もなく夫も帰ってくる。私は急ぎ、夕食の準備を始めた。 …… …  夕食も食べ終わり、息子を風呂に入れようと思い部屋を探して回る。  (何処に居るのかしら?)  「…だ~るまさ~んがこ~ろんだ」  息子の声が聞こえる。お義母さんの寝間からだ。  「こら~お風呂に入る時間よ~」  言いながらお義母さんの寝間に入る。  息子が飾られている達磨を転がしている。楽しそうにごろごろと…。  「こらっ、勝手にそれに触っちゃダメでしょ」  流石にお義母さんに怒られてしまうと思い、息子を止めに入る。  「だ~るまさ~んがこ~ろんだ」  息子は止めない。両手で達磨を抱え込みながら楽しそうに転がしている。  「ねぇ、お母さん。このだるま起き上がらな~い」  いきなり、こちらに顔を向けると冷めた声で息子が喋りかけてきた。  いつものような明るい瞳じゃなかった。  「それだけ大きいと起き上がらないんじゃないかしら。それより、早くお風呂に入りなさい」  出来るだけ気にしないように、息子にお風呂へ入るよう促す。 けど、行こうとしない。両手にだるまを抱えたまま動こうとはしない。  (おねがいだから早くそれから離れて…)  お義母さんの話を聞いたせいだろうか、それとも以前からなのだろうか。あのだるまは何か嫌な感じがする。 今更ながらに気づいたことが一つ…、何か白い砂のようなものがだるまの目からこぼれ出している。 転がすたびに畳の上に広がっていく白い砂。  「これ…、なんなの?」  軽く触れてみる。  「塩?だるまに何故塩が?」  「ダ~ルマサ~ンガコ~ロンダ、だ~ルマさ~ンがコ~ロんだ」  息子が何かにとりつかれているかのように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。  (こんなもの…、こんなもの壊してやる)  手近にあった木製の花瓶で思いっきり殴りつけるとすぐにだるまは割れた。  「ハァ…ハァ…」  これでいい、これでもう息子は元に戻る。  割れただるまから塩が一気に流れ出ていく。だが、流れ出ていく塩を置いてだるまの中にまだ何かが残っている。  「え?な…にこれ…」  茶色い何か…。よく見てみるとそれは… ──ミイラ化した両手両足の無い遺体…  「嫌あああぁあああああぁあぁああぁああ」  (やだ…やだやだやだやだ…)  息子を抱いてすぐに部屋を出ようとする。  出口を遮るようにお義母さんが正座をしている。  (なに?ずっとそこに居たの…?)  お義母さんが口元に笑みを浮かべながら眼を見開いた。 ──だ~るまさ~んがコ~ロンダ… 完 ※この物語はフィクションであり、実在する『だるまさんがころんだ』及び『だるま』の  設定及びルールは全く関係ありませんのでご注意ください。