-------------------------------------------------- ■ 無線機 下 -------------------------------------------------- 「ジジジ…」 今日も、私の部屋では無線機の無受信のノイズが響いている。 どこか心地よいこの音は、あれだろうか。前にテレビでやってた単調なノイズの音は母胎の中の音に似ているという奴だ。 部屋に響き渡るノイズを聞きながら、ベッドの上でぼーっとしている私。 ここずっと、ノイズに耳を浸らせながらぼーっとしている。理由?なんだか落ち着く…ではダメかな。 ──こんな過ごし方が始まったのも、一年前の学校帰りのことだった。 昔から私には変な癖があった。学校帰りいつも寄り道してしまう先にあるのは粗大ごみ置き場だった。 粗大ごみ置き場に行っては、色々物色して気に入った使えそうなものを持って帰る。 そのおかげで私の部屋にはよくわからないものばかりが陳列している。 アンテナのついていないテレビだったり、ふたが閉まらないCDラジカセだったり…。 今日も、使わずただ置いて眺めるだけのものを探しにごみ置き場へと足は向かう。 粗大ごみ置き場には今日も色々なものが置かれている。 テレビ・ラジカセ・洗濯機等の家庭電化製品の故障したものや古くなったものが山のように放ってあった。 「さてさて、今日は何が置かれているのかなぁ」 まずは軽く見渡してみる。すぐにいつもは見られない物が置かれていることに気づいた。 「これなんだろう…」 ダイヤルや車のメーターのようなものが付いている箱型の機械…。特別古臭く感じるものがあっても、私には新鮮だった。 (今日はこれを持って帰ってみよっかな) 初めて見るこの機械に胸が躍っていた。 いつもは修理したいとかなんて思わないのに、今日は特別にこれを修理して使ってみたいと思った。 ──これが私と無線機の出会いだった。 自分の部屋にひっそりと持って帰り、父親の工具を引っ張り出してきた。 「まず、これが何なのか調べなきゃね」 そう言いながら、箱の外観を見回す。 色の褪せた文字を読み取ってみる『transceiver』と何とか読み取れた。 文字は読み取れたものの、英語であるために何という意味なのか私にはわからない。 なので、早速辞書を引っ張り出してみる。 『transceiver』─無線機 ─送受信機を備えた無線通話機 (あ、トランシーバーの事だったんだ…でも、トランシーバーってもっと小さいイメージがあったんだけどな。) 結局のところ、彼女にとってこれは初めて拾った宝物に違いなかった。その日から彼女の無線機の修理作業が始まる。 慣れない作業に所々つまずきながらも、1ヶ月間経ってようやく電源を入れることに成功した。 この1ヶ月間彼女は、手を加えたというよりも部品を探していたのだ。 固定無線機の大半の物がバッテリー運用を想定して直流13.8Vの電源装置が使われているため、 一般家庭の商用100Vのコンセントに挿したところで電源が付くことはない。 その事に気づいた彼女は直流13.8Vを出力できる『安定化電源装置』を探していた。 ようやく見つけてコードをつなぐ。後は電源を入れるだけ。 「なんだかドキドキしてきちゃった」 自然と電源スイッチを押す指は震えた。心臓も何だか知らずうちに鼓動が大きくなっていた。 カチッという音共に車のメーターのような物のところが光を点け、 それと共にザーッというテレビのノイズ画面の時の音が部屋に響き渡った。 嬉しさのあまり私はガッツポーズをしてしまう。 でも、すぐに気づく私の失態。使い方が全くわからない…。 今まで粗大ごみで拾ってきたものは説明書が無くても困らないものばかりであったが、今回ばかりはお手上げだ。 無線機なんてはじめて見るし、使ったことももちろんないのだ。それに、ダイヤルがたくさん付いていて触っていいものかどうか…。 勇気を出してダイヤルのつまみを少し回してみようと触れて力を籠めてみる。 「あれ?回らない…」 さらに力を籠めてみても、全く回らない… 今思えば、拾ってきてから回したのはこれが初めてだということに気づく。 (これが故障して持ち主さんは捨てたのかなぁ…) ダイヤル部分が特にさび付いているというわけでもないのに、どのダイヤルも回ることが無かった。 何だかやる気がそがれた…。電源を入れノイズを部屋に響かせたままベッドに飛びこんだ。頭に枕をかぶせて眼を閉じる。 (はぁ…、せっかく修理したのに使い方がわからないとか私馬鹿だな…) 「ザー…ジジジ…ザー」 ノイズの音が部屋の中を満たす。枕を頭にかぶっていても音はよく聞こえた。 ノイズの音を聞いている内にいつの間にか私は寝ていた。心地よく耳に響く音に私はいつしかはまっていた。 それから一年あまり学校から帰ってくるとまずは無線機の電源を入れる。いつのまにか、これが自分のライフスタイルになっていた。 ……… …… … 今日も、学校から帰ってきてすぐに部屋に閉じこもる。制服から部屋着へと着替えるとすぐに無線機の電源を入れた。 ベッドに体を沈めて部活で疲れた体を休める。 「ジジジ……ザー…ザザー」 いつものようにノイズの音に満たされる部屋。海の波音が聞こえるかのように私は落ち着く。 他の人からしたら馬鹿かもしれないし、全然落ち着ける音じゃないかもしれない。 「ダ…レカ……タスケテ…」 ノイズ雑じりの声に跳ね起きる。 「え?何で?」 いきなり聞こえてきた声に私は慌てる。どうすればいいのか全くわからない。 聞き違い?いやそんなことはない。確かに聞こえた。 「オヤ…ジ…タス…ケテ…」 苦しそうに聞こえてくる声。若い男の人だろう。親父…お父さんに助けを求めているのだろうか。 返事をしたくても全く使い方のわからない無線機。 (もう一度…もう一度やってみよう) 無線機のつまみを回してマイクを手に取る。 つまみはあっさり回る…。でも、本当に回すつまみはこれで合っているの? 「ク…ルシイ…ハヤ…ク」 (急がないと…この人死んじゃう…) マイクを手にとって声を出す。聞こえているのだろうか…自分の声は本当に聞こえているのだろうか…。 「もしもし…どうしたんですか?」 跳ね踊る胸を手で押さながら声を出した。 「あぁ…僕の声が聞こえるんだね…」 返事が返ってきた。でも、さっきみたいな苦しそうな声じゃない…。 「あ、はい。聞こえます。どうしたんですか」 尚も少し震えた声で私は答えた。 「はは、そんなに震えた声を出さないで」 先ほどとは一変、全く違う雰囲気で彼は答えてきた。 でも、明るさのある声の反面なにか悲しさを秘めた声色だった。 「さっきはごめんね…こうでもしないと答えてくれる人がいなくて… 時間が無いから言うけど実はお願いがあるんだ」 続けて彼が真剣な声で喋る。 (おねがい?いきなり…そんなこと言われてもわからないよ…) 「どうしても聞いて欲しい…やっと…やっとの思いで僕の声が君に聞こえたんだ」 「お願いって何ですか?」 私はいつのまにか彼の言葉を信じきっていた。冗談には聞こえない。 それに加え今までまともに動かなかった無線機が今初めて仕事を成したのだ。 「ありがとう。聞いてくれるだけでも嬉しいよ。 実は僕、もう死んでるんだ。」 「え…?な、なにを言ってるんですか?」 冗談に聞こえない声であっさりと自分はもう死んでると言ってきた。 「信じられないだろうけど、信じて欲しい。実は君が今使ってる無線機は僕の無線機なんだ」 「え?本当なんですか?」 「はは…、そんなことで冗談は言えないよ…」 彼の声のトーンが段々重くなってきた。 (もう…信じるしかないのかな…) 「わかりました。それで、お願いというのは何なのですか?」 「貴女が今使ってるその無線機をどうか…どうか私が今から言うお墓に供えてくれませんか?」 「え?お墓に無線機を?」 私としては全然構わなかった。お気に入りだったけど元は拾ってきたものだ。 それで彼の願いがかなうのであれば…。でも… 「僕の父親がね…。もう、死んでるんだけど二人暮しだったんだ…親父と… 無線機が大好きでね。僕は全然無線機の魅力に気付いてやれなかった。」 「それで、そのお墓っていうのはお父さんのお墓なの?」 先よりも幾分落ち着いた声で返事をする。 「うん…それが僕の遣り残したことだったんだ…死んでしまった僕にはもうできないからね」 「そっか…うん、わかった」 何故だろう…。ついつい返事をしてしまった。 「ありがとう。僕もこれで、静かに眠れるよ」 (本当にこれでいいのかな…でも、彼がこれで静かに眠れるなら…) 「うん、じゃぁまたね…」 「うん、またね。本当にありがとう」 彼からの返事が途絶えた。彼が眠るかのように無線機は静かに電源が切れる。 私はすぐさま彼に言われたお墓へと向かった。無線機を持って…。 ……… …… … 彼に言われたお墓の前に立つ。雑草やコケにおおわれている手入れのされていないお墓だった。 (まずは、綺麗にしなきゃね) お墓のお掃除なんてしたことないけど、作法があるとかどうとかもわからないけど。それでも、綺麗にしてあげたかった。 きっと彼はここには眠っていないのだろう。彼のお父さんだけがここで一人ぼっち眠っているんだろう…。 雑草に紛れていたタンポポだけは摘まずに置いておいた。綺麗になったお墓の前に持ってきた無線機を置いて手をあわせる。 (息子さんに頼まれてこの無線機を持ってきました。私には無線機のことなんて全然わからないけど、はじめて見たときから惹かれ 恥ずかしい話ですが、無線機のこのノイズの音に癒されました。そして、この無線機を通して息子さんとお話をしました。 この無線機で二人がお話出来ることを心よりお祈りします。) 「ザー……ザ…ジジ…」 「ぁ…」 聞きなれたノイズの音が聞こえる。置いた無線機に電源が入っている。 「ありがとう…」 声が聞こえた…。彼のお父さんの声だろうか…。 「ありがとう…本当にありがとう」 その声と共にお墓にシミが出来ていく…。雨だ…。 「いえ…」 そう、笑顔で答え私はお墓から立ち去った。段々雨足が強くなってくる。 (雲の上の彼が泣いてるのかな…) 何気なくそう思った。胸の鼓動も今は落ち着きを取り戻していた。 『ザー』 雨が地面を打つ音…。 傘は持ってきていない。そんな中笑いながら歩く私を見て誰かが可笑しいと思うかもしれない。 ──それでもよかった。 ──だって、雨の音って似てるでしょ?無線機に…。 終