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-------------------------------------------------- ◆ 砂時計~繰返~《Repetition》 --------------------------------------------------  「お疲れ様です」  土曜日、夕方の5時。オフィス内では残業も無く、翌日休日の社員達が帰り支度に勤しんでいる。  『お疲れ様です』  社員達が我先にと口々に返事をしては、足早に出口へと向かっていく。  『お疲れ様です』  何度も何度もオフィス内に響く言葉。皆それぞれ笑顔で同僚にこれからどこに飲みに行くだとか、 恋人に電話で待ち合わせをどこにするだとか、談笑しながらオフィスを去っていく。  そんな中、未だデスクに向かって作業を続けている男性が一人残っている。     もう彼以外にオフィスに残っている人も居なくなった頃、窓の外の太陽は秒間隔でオレンジを濃くしながらビルの向こうに消えていこうとしていた。 この辺りは都会ということもあり、このオフィスの窓からみる景色はまるで、ビルの林のようだ。  一人になったことに気づき、つい愚痴をこぼす。  「ふぅ…また俺一人か…こんな会社入るんじゃなかったよ…」  彼は思う。この会社に入ってもう2年、彼も新入社員の頃は同僚たちと一緒に酒を飲みに街へ出ていたものだった。  会社にも馴れ始めてきた頃、突如上司から本社への異動を言い渡され、この都心にやってきたのだが、 地方からやってきた彼に言い渡される仕事といえば山のような書類整理等ばかりだった。 朝は皆と同じ8時に出勤するものの雑務じみた仕事を任されてる彼が定時に帰れるはずもなく、日々一人で残業を送る毎日である。  要するに、便利屋が欲しかっただけなのだ。本社の有能な人間が雑務に充てる時間など勿体ないからである。  ふと、彼はデスクの隅に転がっていた砂時計を手に取った。  「そういやぁ、俺のデスクに置かれてる私品ってこれくらいだなぁ…」  この砂時計も残業のときに食べるカップラーメンのお湯の時間を計るだけのものだ。 他の人は、カップラーメンに砂時計を使う必要なんて無いだろうと言うけども、彼は砂時計の砂を眺めるのが子供の頃好きだった。 今では、砂時計に何の魅力も無いがつい会社に持ってきてしまったのだ。  気づけば窓の外もビルの明かりがイルミネーションを作り出している頃だった。  「もうすぐ7時か…休憩休憩っと♪」  そういうと彼は、クッションの薄いデスクの椅子から腰を上げ、デスクの下のダンボールから買い置きのカップラーメンを取り出して、休憩室へと向かった。  『休憩室』というネームプレートの書かれた部屋を当たり前のように通り過ぎた先にあったのは『会議室』。 彼にとっての休憩室は、皆が使っている休憩室ではなく、会議室だった。 もちろん理由はある。ポットがあって何よりも椅子の座り心地が最高なのだ。こんなこと彼が一人で残業してるときにしか出来ないことである。  (ふぅ…、疲れたなぁ)  そう思いながら彼は、革張りのふっくらしたクッションの椅子に体を沈める。 デスクで使用している安物の椅子とは比べ物にならないほどにクッションに体が沈んでいく…。  気持ちを落ち着けながらついつい彼は愚考に及ぶ。 こんなとき、リッチな男なら葉巻を咥え紫煙を燻らせバスローブに身を包んでこれよりもっと大きい椅子に背を預けるんだろうな。 大きい暖炉には火がついていて、椅子の横には大型犬が控えていて…。  そんな今の自分にはありえない事を妄想しているとカップラーメンが目に入り、現実に引き戻された。  「さて、ラーメンにお湯でも入れるかなぁ…」  会議室備え付けの給湯室に入り、ラーメンのかやくを入れている間にあることに気がつく。  「やべ、砂時計デスクの上に忘れてきた…」  いつもは忘れないのに今日に限って忘れていた。きっと週末で疲れが溜まってるんだろうなと思いつつデスクに砂時計を取りに行く。 デスクの上では砂時計が丁度時間を刻み終えようとしていた。  (あれ?俺、砂時計ひっくり返したかな?)  彼は、どうせ気のせいだろうと思いながら給湯室へと戻った。  お湯の残量を確認して、カップラーメンへとお湯を注ぎ、ふたをしてその上に砂時計をひっくり返して立てる。  彼はそれをじっと眺めながら思う。  自分にとって、砂時計も今では時間を計る以外に何の役にも立っていない。 それでも、小さかった頃は、じっとさらさらと下に落ちていく砂を何度も何度もひっくり返してはそれを眺めていた。 下に落ちていく砂を眺めている間は、それを止めようなんて思うことも無かった。ただ、じっと触れずにそれを眺めていた。  砂時計をこんなにじっくり眺めるのは子供のとき以来だった。 今の自分にはあの小さかった頃に抱いていた砂時計への興味が思い出せないでいる。 上の空間から下の空間へ、常に一定の量ずつ下へ、そして常に一定の時間で砂は下に落ち切る。 落ちきれば上下を反転させ、そのまま触れずに置いておけば、また、時を刻む。  時を刻み終えた砂時計は、見ていても何の魅力も無ければ意味も成さない。 だが、ひっくり返すだけでそれは動き始め、時を刻み、時には見るものを魅了する力を持っている。  しかし、それもひっくり返すことによってのみ成される意味……。  気づけば、砂時計の砂は全て下の空間に落ちて山を築いていた。  「砂時計か…、ひっ繰り返すことによってしか意味を成さないなら俺も同じなのかもしれないな…。   上司に指示され同じ仕事を繰り返すだけの日々、この砂時計をどうやって止めるのか…」  砂時計自体を真横にすることで砂時計の中の時間を止めることは可能である。  しかし、自分の力で砂時計を横にしないことには、一度流れ出した砂時計をとめることは出来ない。  日常、反復的に繰り返される日々、これを変えるには、自分の力が最終的には必要となってくる。  ───砂時計の砂のように、ただ流されるだけでは同じ事を繰り返すだけなのだ  そして彼もその事に気づいたようである。  自分の力でそれを変えない限りは、この社会の自然の力に流され続けるということに……。  ── 今も世界のどこかで砂時計は繰り返す ──  終